撮影後記 聖火のキセキ奈良編

「映像は静止画の集合体」その連続性の中での出来事を編集し、番組にして伝えるのがテレビ。その一方で、1枚の静止画に物語を吹き込んでいくのがスチルカメラ。昨年行ったロケでは、一瞬をとらえるスチルカメラの魅力を再認識しました。

ロケをしたのは、NHKBS1でレギュラー放送している「聖火のキセキ」という番組です。1964年の東京オリンピックで全国を巡った聖火リレー。その時のランナーたちを紹介しながら、当時の熱狂を伝えていく番組です。「写真」の力を実感したのは、奈良県を取材した時でした。

そこで出会ったのは、元高校教諭の木村さん。当時地元の高校で物理を教えていた木村さんは、普段から奈良の自然や街並みを撮るカメラマンでもありました。木村さんは、教え子である土屋さんが1964年奈良県内の聖火リレーで最終走者を務めることになりました。事あるごとに「木村先生!」とやってくる教え子の土屋さんの晴れ舞台をぜひ記録に残したいと愛用のカメラでリレー当日を迎えました。最終走者・土屋さんの雄姿をおさめた写真がこちら。この写真は番組でも紹介させて頂きました。

 

 

聖火ランナーたちがしっかりと枠に収まり、先頭の正走者と後ろのランナーたちとのバランスも良い見事な構成。道路に注目すると、ランナーたちの姿が水たまりに反射しているのがわかり、リレー当日は雨だったことが伺えます。このリレーの先頭を走ったのが、番組でもご紹介した正走者の土屋さん。大勢の声援を期待しながら緊張して走りました。リレー隊が走った道は、山の中。静かな道路で歩道がなく応援する人もまばらでした。土屋さんは、少し残念だったと当時を振り返っています。しかし、そんな道中、ガードレール脇にカメラを持って聖火リレーを待つ1人の男性がいました。木村先生でした。自慢の生徒の晴れ舞台を撮るべく、木村先生は、事前に撮影ポイントを探し、アングルも考え、そしてカメラの調整をして、その瞬間を今か今かと待っていました。絞りやシャッタースピードなど、すべてを自動で設定してくれる最近のデジタルカメラとは違い、当時はすべてマニュアルのフィルムカメラ。1枚毎にまき直しをする為、その所要時間も計算に入れ、聖火リレーが進むスピードも考慮しながらシャッターのタイミングを探るという難しさもあります。しかも、当時のカメラはまだまだ高価。フィルムの無駄遣いはできず、連続撮影という機能もありません。文字通りの一発勝負です。

そんな緊張の中でシャッターを押した木村先生の写真をよく見ると、土屋さんが微笑みながら木村先生の方を見ているようにみえます。土屋さんは、人影も少ない山道、しかも雨で華やかさからは程遠い状況に心が沈みかけていました。しかし、そこに木村先生が待ってくれたことで、土屋さんの気持ちは和らぎ、安心したといいます。そのほころんだ瞬間が、この写真に写っていたのです。番組のロケで、木村先生が述べた言葉が非常に印象的でした。「もう少し、もう少し、今だ!」。一瞬の出来事に全神経を注ぎ、シャッターを切った木村先生の写真は、名作だと私は思いました。カメラの方向に動いてくる被写体をぶれることなく枠におさめた写真。技術と気持ちで撮ったキセキの1枚です。

もし、これがビデオカメラだった場合、果たしてこのような表情に注目がいったでしょうか。おそらく、当時の映像が残されていたことへの価値が勝り、「微笑み」までには注目がいかなかったかもしれません。今日、映像はHDから4K、さらには8Kという高精細・高画質への時代に進み、それに伴い映像表現の幅が広がってきています。もし4Kビデオカメラで、土屋さんのリレーの姿を撮影できた場合、木村先生の写真に勝ることができたでしょうか。はっきりと鮮明に、色鮮やかに見えることで、被写体の思いや撮影者の思いがより伝わるという相関関係は果たしてあるのでしょうか。仮定の話に結論を出すことはできませんが、木村先生のこの写真には、時代を超えて惹かれる魅力があると感じました。

映像の編集ではよく「絵的に成立しない」という言葉を聞きます。映像編集は、時制・空間の異なる映像同士をつなぎ合わせて1つの物語を作り上げる為、どうしても感覚的・論理的に成立しない場合が起こります。その試行錯誤の中で最適な組み合わせを見つけ、番組として出来上がっていくものだと個人的には考えています。一方、写真は一瞬の世界ですべてを語る媒体であり、シャッターを押すまでが勝負でもあります。映像は写真の集合体である為、写真の延長線上にあると言いたいところですが、作品として出来上がるまでの過程を考えるとやはりスチルカメラとは大きく異なると思います。どちらが良い、悪いという話ではありませんが、今回映像業界に携わる者として、改めて写真の特徴を考える機会になりました。

私も大学入学前に日本を旅した際に、デジタルカメラを初めて購入して、旅の記録を撮り続けました。それ以来、好きな自転車を撮影したり、景色を撮影したりしてきました。最初は、ただボタンを押すだけの味気ない写真ばかりでしたが、続けていくうちに、独自の構成やアングルを考えるようになり、自分の見せたいモノ(人・景色・物・雰囲気)をいかにして1枚で見せるかというこだわりを持つようになりました。上手だとはおこがましくて言うことはできませんが、自分が納得する瞬間を捉えることができた時の感覚は、おそらく木村先生と同じなのではと思います。そして、その一瞬・一瞬のつながりが映像媒体になっていく訳ですが、映像に携わる者として、どの一瞬も見逃さないという気持ちで日々の仕事に臨んでいくことが大事だと再認識しました。その姿勢はスチルカメラであれ、ビデオカメラであり同じだからです。

長文になりましたが、今回はカメラのことを考える機会になり、非常に学びのあるロケでした。映像でも写真は一つの表現方法として使用します。1枚で物語を語ることが出来る写真の良さを、映像の中でも存分に生かしていきたいと思います。そして、撮るべきものをしっかりと逃さずに映像におさめることが出来る映像人になれるようこれからも日々精進していきたいと思います。今回も読んで頂きありがとうございました。

安田

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