「水質汚染と闘う」撮影後記


十数年前に、私は「昆山」へ個人旅行で訪れたことがあります。
この地域は中国では「江南水郷」と呼ばれる水が豊かな土地です。心安らげる美しい風景が広がっていた所です。
精緻を極めた小さい橋、その下に流れる水のきれいな川、川岸には古い民家が並んだ
水墨画のような景色でした。

70年代昆山

 

 

しかし今年、再び「昆山」に入ると、目に映ったのは、まったく別な風景でした。
水田だった場所は、無数の工場と高層ビルが並ぶ現代的な町となっていました。昆山は今中国有数の工業地帯です。
昆山の水量は依然として豊かでしたが、工場排水によって、色が黒くて、近づきたくないほど異臭がしていました。
なぜそうなったのか?

 

婁下河

これまでの30数年間、改革開放政策は、中国で奇跡的な経済成長を実現しました。発展の副産物としてもたらしたのは、深刻な環境破壊です。人々は経済発展から恩恵を受けていると同時に、環境汚染の影響を背負わなければなりません。

水が悪くなったのは昆山だけではありません。
取材していく中で、私は度々子供の時の事を思い出しました。私も水が豊かな所に生まれ育ちました。きれいな川は、幼い私にとって最高の遊び場でした。しかし、川沿いに工場ができてから、川が汚染されて、次第に川に入る子供の姿が見えなくなりました。
今、中国ではきれいだと言える川は何本あるでしょうか?

汚れた川の水は、地下水にしみこんでいて地下水も汚染されました。地下水を直接飲む農村部の人たちは、実に環境汚染の最大の被害者となっています。知らないうちに汚染された水を飲んでしまったり、また汚染された川の水で育てた野菜を食べたりして、健康被害が出てしまいました。中国各地でガンの死亡率が異様に高い集落が続出し、「ガンの村」と呼ばれています。

野菜畑で撮影するスタッフ
実は、今回の取材に入る2週間前に、私の父は肺ガンで亡くなりました。末期ガンだと診断されてから、わずか数か月の闘病で父は他界してしまいました。父の死は環境の悪化と関係があるかどうかわかりませんが、私は初めて肉親の死からガンの怖さを知りました。
そんな中で、今回の取材で「ガンの村」に生きるガンの患者と出会いました。ガン患者と会って、話を聞く度に、私は何ども涙を呑みこんだのです。被写体に涙を見せたくないのですが、いつも被写体を自分の父と重ねてしまいました。思わず、経済的な理由で積極的な治療を諦めたガン患者に「諦めてはいけない」と強く叱ったりする時もありました。

環境を配慮しない経済発展のあり方は、私たちが生きる楽園だけではなく、人間の命までも奪います。誰が汚染の責任を負うべきなのか。今回の取材では、中国の汚染問題は世界中の人々と無関係ではないと実感しました。消費者として、私もスマートフォンを使っています。私が使っているスマートフォンのメーカーは今回疑いのある企業に部品を発注しているのです。その汚染の疑いがある商品を買う私も責任重大だと感じています。

深刻化する中国の環境問題をどう解決するのか、世界中の人々に真剣に考えてほしいと思います。

ディレクター 何祖杰

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